| プロフィール | |
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競艇予想家、競艇研究家、競艇起業家 舟券を当てて儲けを出すのではなく、競艇ビジネスで利益を挙げることを目指す。 二連単一点の競艇予想で日本一になることが現在の夢。 |
| 人生年表 | |
| 1974年 | 三重県に生まれる。 |
| 1993年 | 東京外国語大学入学。関東の住民となる。 |
| 1997年 | 同大学を無事に中退。 舞台照明の道を志すも、師事していた親方が、現場を放棄して疾走する事件を起こす。 この時、30万円以上の経費を立て替えていたこと、残された現場で修羅場を見たことなどで、強烈なパンチを喰らう。世間を知らない23歳には荷の重い出来事だった。 結局、照明業からは離れ、目標を失う。 |
| 1998年 | 無目標な毎日と別れを告げ、Excelを使いたいという理由からIT業界に入る。 年齢制限のある業界なので、何としても30歳まではIT業界にしがみついてやろうと決意していた。ネットワークとVisualBasicに激烈な興味を持って学ぶ。この知識は今でも生きていて、身を助けている。 ただ、IT業界特有の人身売買制度(自分の会社で働くのではなく、客先常駐となる)には馴染めず。 |
| 2001年 | どうせ会社同士が交わした契約に従って、あちこち常駐先が変わるのならと、自由業者として自分で契約を取るようになる。 成功した仕事もあれば、失敗した仕事もあり。どこかの企業に通う形態とはいえ、独立して仕事を取ることを覚えた。 |
| 2003年 | 性に合わない客先常駐の連続がたたってか、うつ病と対人恐怖症になる。重症。 働かなければ食べてはいけず、かといってまともに働ける状態でもなく、不本意な仕事を多く残した。 闘病は間違いなく苦しかったが、薬事療法と心理療法を併用し、着実に少しずつ回復をはかる。 |
| 2004年 | 30歳となり、「30歳までIT業界で通す」という決意を達成した。 もうこだわる必要はない。精神病もかなり回復してきている。 自分がしたいこと、自分が起こす会社で何をするかを探す修行が始まった。 |
| 2005年 | 何の前ぶれもなく、「競艇って面白いよなぁ」と思い出す。 さっそく競艇関連のリサーチをするも、痒いところに手が届くサービスが少ないことが分かる。 このリサーチの中で唯一、伊沢ハチローという人の仕事が目に付く。使える。この人の理論を取り込んで、競艇業界に飛び込んでみるのも面白い。 チャンス到来である。競争相手が少なく、市場開拓の余地があり、大手が手を出さず、それでいて自分が得意とする仕事。これしかない!IT業界で身に付けた技術があれば十分に闘える!!さあ、ここから巻き返そう!!! こうして競艇起業の幕が開けた。 |
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